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飯盛 尚英 逆境に強く、逆転を狙う 耐性の強い経営コンサルタント


飯盛 尚英 (いいもり なおひで)
凌空行(上海)企業経営有限公司 薫事総経理

ライフチャート
●プロフィール
1969年福岡市生まれ。修猷館高校、西南学院大学商学部経営学科卒業。日系コンサルティングファームの草分けとされる企業で鍛えられ、製造・卸小売・サービスなど多様な業種・形態・規模の企業を支援。その後、コンサルティング現地法人代表として中国赴任、人材派遣会社の支店長、IT企業の事業部長など幅広く活躍。
●ヒストリー
 

経営コンサルタント目指し
父の期待に反し、理系から文系へ

――進路は、どのように決められたのですか。

「父が一級建築設計士で会社を経営していたんです。長男ですから、物心ついた頃から『社長の息子』として、期待を一身に受けて、九大工学部建築学科を出て会社を継ぐことが当然と課せられていました。ところが、こちらは物理・数学が大の苦手。典型的な文系人間。高校2年のとき、物理のテストで百点満点の『2点』をとって『ここまで不正解なのは、逆に難しい』と、あきれられたくらいです。それでも父の希望通り建築士を目指しましたが、理系クラスなのに古文と漢文の成績が良いという変な生徒でした」

――最終的に文系に進まれていますが。

「当然、九大には受からず一浪。予備校生時代に偶然、テレビで大前研一さんの特集を見て、衝撃を受けました。『こんなに凄い日本人がいるんだ!こんな人になりたい!』と感動して、経営コンサルタントを目指すことになったんです。会社を経営するのに、何も一級建築士でなければいけないということはない。経営やマーケティングを学んで、建築士を使えばいいじゃないか、と思って理系から文系に方向転換。俗に言う“文転”です」


――その決断に対して、お父様の反応は?

「全否定です。『一級建築士にならないのなら会社は継がせない』と。決裂したのですが、私にとって浪人したこの1年間は、ほかの1年とまったく価値が違う。思い悩み、それが将来につながる中身の濃い1年でした」

――そうして選んだのは商学部経営学科。

「実は併願倍率23倍の商学部経営学科に合格しながら、倍率6~7倍の経済学部国際経済学科は不合格だったんです。落ちた原因は、英語の出来不出来。『英語の西南』と言われる大学で、外国人と英語でペラペラしゃべる人たちをこれからの人生、ずっと、妬み、そねみで見るような人間にはなりたくない、自分を変えたいと一念発起。ESS(英語会)に入りました。部員100人、西南ではグリークラブに次ぐ規模と歴史のサークルです。先輩から徹底的に鍛えられ、3年生のときに全九州学生英語討論大会で優勝し、チャンピオンディベーターとなりました」
 

ハードな企業で燃え尽きるも
中国ビジネスなど依頼続出

――就職は、希望通りのコンサルティング関係ですね。

「京都に本部があるコンサルティングファーム。資料請求者数は定員の1000倍、実際の受験者数も定員の100倍という超人気企業でしたが、これがまあ、すごい圧迫面接。担当重役から、こてんぱんにやられて、中には泣き出す人もいました。「窓開けて飛び降りぃや!」「そんなん、幼稚園生かて言わへんで!」などとボロカスにやられて、エリート大学の学生たちもプライドがズタズタです。
 さらに、入社式で大どんでん返し。『こんなにたくさん入社させたのは間違いやった』と、新入社員全員リストラ候補に。1日8時間のテレアポや携帯電話の販売をさせられました。入社後三か月で、新入社員の半数が辞めてしまいました」

――相当、激しい会社ですね。

「自分でも呆れるほど、仕事してましたね。クライアントへは時短を勧めときながら、自分の労働時間は、年間4,000時間、月に300時間以上。3年9カ月でに約2,000人の経営者と会って、数年で、燃え尽きてしまいました」

――その後、いくつも大きな仕事をされていますが、中国ビジネス経験も豊富ですね。

「ある商社から中国の現地法人の社長をやってくれ、という話が舞い込んだのがきっかけです。まず、法人手続きを進めて、設立にこぎ着けるまで数カ月。役人たちが袖の下を求めて、わざと事務手続きを遅らせたり、あれこれとだまされ、社員にまで裏切られたり。いろいろ大変な思いもしましたが、その経験があとになって活きてきます」

――日本の飲食業のFC展開などですね。

「はい、最初に勤めたコンサル会社の同期から『中国ビジネスをやるので戻ってこないか』と声をかけられまして。中国に進出する企業のコンサル、水先案内人役を務めました。中でも大きなプロジェクトは、熊本の重光産業が展開する『味千ラーメン』です。フランチャイズパッケージングコンサルティングで『2011年に1,000店舗』の展開を提案。」

――味千ラーメンは、飲食業の海外チェーン展開の成功例としてよく聞きます。その仕掛け人が飯盛さんだったんですね。

「まあ、自分の仕事の中でも印象深いもののひとつですね。その後、2年半の現地法人出向を経て日本本部の中国ビジネス部門に移り、金融機関の顧問を務めたりして再び、退職。5年間、フルスロットルでぶっ飛ばしてきたので、少しゆっくりしようとしたのですが、なかなか思うとおりには休めません」

――これだけ実績を上げられていたら、次々、声がかかってきますよね。

「先に触れた、2件の中国ビジネスの間の時期、ある派遣会社が福岡に営業所を出すことになり、営業所長を任されていました。実はその頃から、IT企業に誘われていて、7年も待って頂いたので、今度はそちらへ行くことになりました」
 

フランチャイズショーへ出展中国人スタッフと
味千ラーメン契約締結時の記念撮影女性は潘慰 味千代表

産みの苦しみに自ら飛び込み
着実に成果を残す

――最近までは、地元大手系列の人材派遣会社の仕事をされていたとか。

「IT会社を退職後、半年ほど、ゆっくりしてた頃、天神で山笠の先輩と偶然、再会して『遊びに来い』と言われて会社へ行ったら『もう遊ぶのやめろ』と言われたんです(笑)。その時の誘いを受けて、2年間、厚労省の中小企業活性化策関連の人材派遣コンサルに就きました」

――山笠?博多部のご出身じゃないですよね。

「父の会社が博多区でしたので、ずっと父が出ていたんです。私も大学を出てから25年間、参加させてもらっています」

――ご自分の性格、個性をどう見ていますか。

「ドSでドM(笑)。耐性は、すごく強いと思います。逆境に強く、常に逆転を狙う。他の人ができるのなら自分も!と。これまでの職歴を振り返っても、自ら『産みの苦しみ』が待ち構えているところに飛び込んでいっている。もちろん、受け継いだ組織を守り、発展させることも大切だと思いますが、立ち上げること、ビジネスを軌道に乗せることに、より一層の喜びを感じます。
 最近、派遣会社を辞めたことについても「お前、せっかくあんな大手系列に入ったのに惜しくないのか」と言われます。大手かどうかではなく、自分のやりたいことができる環境かどうか。周りからは、浮き草のようにフラフラしているばかりに見えるかもしれませんが、その時、その時の環境に応じて、ベストもしくはベターな道を選択してきただけのことなんです」

 

 

氏名 飯盛 尚英(いいもり なおひで)
会社名・団体名 凌空行(上海)企業経営有限公司
所在地

〒814-0001 福岡市早良区百道浜3-8-33 4階
TEL080-9151-3474

関連ホームページ http://blog.livedoor.jp/link_c/
 
 
 
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 インタビューを終えて
「飯盛 尚英」考

 

まつぼん(CAFEココ) 松本 雅彦

 マイナスをプラスに転化。飯盛さんに自分の人生を語らせると、そういうエピソードが次々と出てくる。中学時代は、有名な進学塾に補欠合格。みんなが80~90点取るテストで26点しか取れなかったことに衝撃を受けて猛勉強、半年ほどでクラストップに輝き、志望校合格したという。
 大学受験でも、英語の点数が足りずに国際経済学科に落ちたことで一念発起。ESSに入り、英語のディベートで九州チャンピオンを獲得したというから、相当な英語能力を身につけたに違いない。
 一方、数学と物理が大嫌いにもかかわらず、父の期待通り、建築学科を目指して理系クラスを選択。自身「ファザコンなのかもしれない」と認めるように、建築科として、経営者として、ミスを認めず常にパーフェクトを求め続ける厳しい父を心から尊敬しているのだろう。結果的には父の意に背いて……というより、ようやく父の“呪縛”から卒業、自分のやりたいことへと進み出したわけだが、ひょっとすると、多くの同僚たちが脱落していくほどの厳しさに耐え抜いたのも「父の期待を裏切って選んだ道」だからこそ、全うしなければいけないという強い思いがあったのではないか。勝手な想像、飯盛さんは「そんなことないですよ」と軽く笑い飛ばすかもしれないけれど。
 中国ビジネスはじめ大手のコンサルなどスケールの大きい事業を手がけてきた飯盛さんだが、「面白いか」「自分のやりたいことができる環境かどうか」が動く基準。地元中小企業の動きにも関心を寄せている。有能な経営コンサルタント、活用しない手はない。当然、ペイは気になるところだが、思い切って巻き込むことを考えてみては如何だろうか。

 
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