草原 祥子 (そうばる しょうこ)
株式会社オフィスナチュラルズ
――草原さんって「大人の女性」って感じですね。
「子どものころから大人びていました。今考えるとイヤな子どもに映っていたと思います」
――子ども時代はどんな様子でしたか?
「幼稚園の頃、いろんな人を観察していました。先生を見ては、『機嫌悪そうだなー』とか。友だちを見ては『同じことばっかりしているなー』と思っていました。父が私を幼稚園に連れていく時間がない時は、父の会社の朝礼に参加していました。その朝礼の時に、社員さんを見ながら、『あー、怒られてるなー』とか『あの人、この前と同じこと言われてる』と心の中で思っていました。さらに、母は専業主婦だったので、近所の人と井戸端会議をよくしていて、それを見ては『あのおばちゃんは、こういう人なんだー』など冷めていましたね」
――友だちの間では?
「明るく元気!運動神経よくて、姉御肌。水泳、サッカー、体操、陸上や、地域のフットベースボールチームではキャプテンをしていました」
――勉強はどうですか?
「勉強はやる気がなく、勉強して何になるの?と思ってました。だから、テストの点数の赤ペンを、自分で上から書き直して、親に見せたりしていましたよ」
――授業中とか、部活とか、学校生活は?
「中1の時、強制的にソフトボール部に入部になってましたが、全然やる気なくて。そんな中、骨折してしまったので、それを機にバスケ部に入り直しました。そうそう、二つ上の兄が中3で、モテたんです。それで、女子の先輩からトイレに呼び出されて、『プレゼントを渡して』と頼まれたんです。でも私、そういうのが大嫌いだったので、完全拒否。『自分で渡せば』って。そこから、モップで先輩と大乱闘になったことがありましたよ」
――(笑)いろんなエピソードが出てきますね。
「授業を受けるのもだるくて、友だちと一緒に授業をサボって古墳のある公園でゴロゴロしたりして。でも、卒業アルバムの写真撮影の時だけは、写真は一生残るからと、ちゃんとした格好じゃなきゃ。と誰が見ても真面目に写っていました。そういうことを考えると、やっぱり計算高いんですよね、私(笑)」
――高校は、ミッション系ですね。
「中学校が荒れていたので、女子校が平和に感じました。ホント、授業中が静かだったので、びっくりしたんです(笑)。私は理系と英文系が半々にいる特進クラス。でも母が専業主婦だったので、私も専業主婦になるんだと思って育ちましたから、あまり先のことは考えませんでした。ところが、親友が短大に進学することを決めたので、私も同じ学校にと安易に進学。その頃の授業は代返できたので、朝9時から夜9時までケーキ屋さんでバイトしていました」
――テストとか、大丈夫でしたか?。
「全部追試で対応しました。ある意味、効率的でしたよ(笑)」
――短大卒業後は、どうされたのですか?
「1年くらいは社会勉強のため、仕事をしなさいと言われ、興味があったCAを受けました。叔父が、空港管制官をすすめたのですが、職場見学に行ったら、薄暗い中で仕事していて、嫌な環境だなと思ったので、CAにしたんです。でも、適性がなかったらしく落選。ならば、少しでもCAに近いところにいて、またチャレンジできたらと思って、旅行会社に就職しました。でも、これもギリギリだったらしくて、上司に呼ばれて、『他人の倍は勉強しないとね』と言われたのを覚えています」
――ところで、なぜCAがよかったのですか?
「国際線だと、二日働いて、三日休みというスケジュールだと聞きました。なんか、忙しくなさそうだなと思って。でも旅行会社の上司から『君はなぜ、空飛ぶ芸者になりたいのかな?』と聞かれて唖然。ひどいでしょ。CAって、そんな風に思われる仕事なんだと思ったら、次にチャレンジする意欲がなくなり、そのまま旅行会社で働き、その後結婚退職しました」
――まさか、専業主婦に?
「私に、その適正はありませんでした(笑)。結婚後長崎に住んでいて、社会復帰しようにも仕事はない、保育園もない。福岡ならあるはずなのに…。そう思っていた時交通事故にあい、福岡の実家で療養。病院に通いながら仕事を探しました。でも、何度履歴書を送っても書類が通過しなくて。子どもがいると、働くところがないと痛感しました」
――今も昔も、あまり変わらないですよね。
「そんな時、社内に託児所があるという会社を見つけました。化粧品の通販会社で、最初は営業事務から始めて、役員の秘書業務まで残業なく子どもと一緒に通勤して働くことができました」
――でも、ご主人は長崎にいますよね。。
「はい。二人目出産後、さすがに私が長崎に戻ってくるだろうと思っていたそうですが、産後4ヶ月で会社に復帰。その後に離婚。二人を育てながら、今の仕事を一生続けるのは無理だと思い、別の仕事を探すことにしました。それが人材派遣会社。福岡に支社を開設予定で、パソコンを使えることが採用条件でした。私は自力でパソコンを勉強し、スタッフを派遣する管理者として従事し、必死の毎日。経験もないのに、支社の立ち上げから営業、研修、採用、給与管理まで、全部しなくてはいけなくて、壮絶な毎日でした」
――営業範囲も、九州全域だったそうですね。
「OA機器などの新商品が発売になったら、その機器の内容を研修で習得させ、デモンストレーターとして各地の電気量販店などに派遣するわけですが、ドタキャンも稀にあります。その時は、私が行きますが、こっそり行かないと、『あそこのメーカーは草原さんが販売していた。うちの販売してほしい』と言われてしまいます」
――気を遣う仕事ですね。
「その後、新しいアウトソーシング会社の立ち上げにも携わり、その一方で父の会社の倒産などもあり、35歳の時に独立。カウンセリング専門のオフィスを立ち上げました。少しずつ、いろんな方にご利用いただいていたのですが、知り合いのIT会社の社長からの依頼で、採用や教育を担当することになり、社名を変えて現在の会社を設立しました。
私は基本的には自由人で、通勤時間や交通費は無駄だと考えています。スタッフ6名で運営していますが、みんなそれぞれが責任を持って動いていますので、常時事務所にいるわけじゃない。もちろん、私も。そうなると、事務所自体も無駄なわけです。他に無駄なことといえば、毎日たばこを喫煙所に行く人がいて、1回に10分社に戻らなかったとすると、たばこの本数にもよりますが、下手したら2時間ものロスになる。生産性が上がるはずないですね。
組織にも無駄があります。みんなが働く人材になれば、売り上げは上がるはず。でも働かない人がいるのは、仕事を認めてもらえないなどの不満要素があるからです。その場合、例えば評価システムを構築するなど、働かない人を働く人にどう変えていくかが大切。そういう点も含めて、売り上げが上がる組織づくりは重要。そのことを、多くの方に伝えていきたいと思っています」
氏名 | 草原 祥子(そうばる しょうこ) |
会社名・団体名 | 株式会社オフィスナチュラルズ |
所在地 |
〒810-0042 福岡市中央区赤坂2-1-33-406 |
関連ホームページ | http://www.office-naturals.com |
インタビューを終えて
「草原 祥子」考
株式会社else if 高森 啓二
強烈なキャラクターの持ち主だ。自分をしっかり持ち、相手をよく観察し、必要なこと、必要でないことを見抜く力を持っている。冷静だし、客観的に判断できる能力も。子どもの頃の話を聞くと、なるほど、それらの要素は持って生まれたものなのだと確信した。神は二物を与える場合もあるのだ。
こんな話も聞いた。旅行会社に採用され、上司に、どうして私を採用したのかを聞いたら、「面接でパンツが見えたから」と言われたとか。時代はワンレンボディコンのバブル期。ミニのスカートで面接会場に座ったから、そんなこともあったかもしれないが、CAに憧れ、CAの厳しさを知り、自分は何を目指すべきなのか、実は迷っていたのではないだろうか。本人は、その弱さをおくびにも見せないけど。
女手一つで育てた子どもたちも成長し、娘はジャカルタに住んでいる。母は母で、これからの自分と子どもの人生のため、再婚を選択したとか。環境の変化、家族の成長、時間の経過とともに、周辺の景色も変わっていく。その中で草原さんは、これからどんな面白いことを仕掛けてきてくれるだろうか。草原さんのプログラムによって進化する企業が続々と現れてくると、福岡の働き方も変わるかもしれない。